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東京地方裁判所 昭和60年(行ク)28号 決定 1985年3月25日

申立人 ピオ・デミリア

相手方 法務大臣

主文

相手方が申立人に対し昭和六〇年二月一九日付で行つた、申立人に対する数次再入国許可を取り消す旨の処分の効力を同年三月三〇日まで停止する。

本件申立てのその余の部分を却下する。

申立費用はこれを二分し、その一を申立人の、その余を相手方の各負担とする。

理由

一  本件申立ての趣旨及び理由は、別紙(一)及び(二)記載のとおりであり、相手方の意見は別紙(三)記載のとおりである。

二  そこで検討すると、本件疎明によれば、以下の事実を一応認めることができる。

申立人は、イタリアのメッサジェロ新聞社の報道記者であり、イタリア共和国国籍を有する外国人であるところ、右新聞社から日本、東南アジア諸国及び北朝鮮を取材管轄区域とする同新聞社東京事務所における極東特派員を命ぜられ、昭和五九年六月一一日在イタリア日本国大使館において報道記者としての在留資格による査証(在留期間三年間)の発給を受け、有効な旅券を所持して同月二三日本邦に入国し、入国目的を「News Reporting」として上陸申請に及び、新東京国際空港の入国審査官から出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)四条一項一一号に該当するものとして在留期間三年の上陸許可証印を受けて上陸した。更に、申立人は同年九月一二日相手方に対し取材活動を目的とする数次再入国許可申請をしたところ、相手方は同日付で昭和六〇年九月一二日までを、有効期限とする数次再入国許可処分を行つた。そこで、申立人は、右許可処分に基づき別表のとおり前後四回にわたり出入国を行い、その出国先においてアジア外相会議、イタリア・ビルマ間経済援助協定、マルコスフィリピン大統領の健康問題、ミンダナオ市長殺害事件、金大中氏の韓国帰国及び同国の総選挙等のほか、定期的にいわゆるアキノ氏事件の裁判に関する取材活動を行つたうえ、取材記事を本社に送り、これらは同社新聞、週刊誌エスプレッソ、月刊紙ジーニアス等に掲載されていた。ところが、申立人は、昭和五九年九月二〇日千代田区役所において外国人登録法三条一項に基づく新規登録手続を行つた際、指紋押捺を拒否したため、相手方から同六〇年二月一九日付で外国人登録法一四条一項違反を理由に法二六条六項に基づき前記数次再入国許可処分の取消処分(以下「本件処分」という。)の告知を受けるに至つた。本件処分により申立人は本邦を出国しての取材活動が困難となり、同年三月一七日にタイ国のバンコクで行われたカンボジア問題に関するシアヌーク氏とソンサン氏の記者会見に臨むことができなかつた。申立人は、同月二六日にマニラで行われる予定のアキノ氏事件の裁判におけるベール・フィリピン軍参謀総長の尋問を現地取材する計画を有し、その後約一か月間の長期休暇を利用してローマへ戻り、子供と面会し、同人を日本に連れ帰る意向を有していたが、このまま推移すればいずれも断念せざるを得ない状況にあるため、本件処分の取消しを求める本案訴訟を提起すると共に、本件効力停止の申立てを行つた。

以上一応認定した事実のもとにおいて本件処分の効力を停止する必要性の有無について考えると、申立人は本件処分の効力をこのまま維持されるときには、申立人が約一か月に一回の割合で継続的に取材していたマニラにおけるアキノ氏事件の裁判に関し、来る三月二六日に予定された公判期日の現地における取材活動が著しく困難となるばかりでなく、右取材活動における不利益は、たとえ本案訴訟において勝訴の確定判決を得たとしても回復することが困難な損害であつて、かつ、右公判期日に鑑みれば、右損害を避ける緊急の必要性も認められるものというべきである。

しかし、申立人が右取材を終了し我が国に再入国した後については、本件記録を精査しても本件処分の効力を停止しなければ申立人が回復困難な損害を受ける旨の疎明はないといわなければならない(申立人は、休暇でイタリアへ帰国し子供に会う予定であるところ、これができなくなることは回復困難な損害に当たる旨を主張するが、右事情は本件処分の効力を停止しなければならない緊急の事情とは認め難く、他に本件処分の効力を停止しなければ申立人が回復し難い損害を被るというような緊急の必要性を認めるに足りる具体的疎明はない。)。

三  相手方は、本件申立ては「本案につき理由がないとみえるとき」に当たると主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件は適法に本邦に入国した外国人記者に対し、一旦再入国を許可しながら、後にこれを取消すという不利益な処分をし、当該処分が争われている事案であり、その内容も相手方が相当と認めた場合にのみ発給できる(法二六条一項後段)数次再入国の許可という申立人のような海外特派員にとつてはその職業の遂行上不可欠ともいうべき許可の取消しにかかるものであること、本件疎明によれば昭和五七年ころ申立人同様外国人登録法に基づく登録事項の確認申請をする際指紋押捺を拒否した外国人一名に対しては数次再入国許可が取り消されることなく推移した事実のあることが窺われること等の諸事情にかんがみると、在留外国人に関する指紋押捺制度の合憲性のいかんはさておき、本件処分につき、相手方が申立人の指紋押捺拒否を理由として再入国の許可を取り消したことが、およそその裁量権の範囲に含まれかつ裁量権の濫用もないとみえるとまで、断ずることはできないというべきである。よつて、相手方の主張は採用し難い。

四  以上によれば、本件申立ては、申立人が来る三月二六日フィリピンへ取材に赴いたうえ我が国に再入国するため本件処分の効力の停止を求める限度において理由があるから、右取材から本邦再入国までに必要と認められる合理的期間を勘案して、昭和六〇年三月三〇日まで本件処分の効力を停止することとし、その余は理由がないから却下することとし、申立費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 宍戸達徳 中込秀樹 小磯武男)

別紙(一)~(三)<省略>

別表

出国年月日(昭和)

出国先

目的

再入国年月日

1 五九・一一・六

フィリピン

アキノ事件アグラバ委員会報告書発表を取材

五九・一一・二〇

タイ

アジア外相会議を取材

ビルマ

イタリアとビルマとの開発援助協定調印を取材

2 五九・一一・二七

フィリピン

アキノ事件公判開始、マルコス大統領死亡のうわさ等取材

五九・一二・四

3 五九・一二・一一

フィリピン

アキノ事件公判、ミンダナオ市長殺害事件、共産ゲリラ等取材

六〇・一・一五

4 六〇・二・九

韓国

金大中氏帰国、韓国総選挙を取材

六〇・二・一九

フィリピン

アキノ事件公判を取材

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